3-6念仏とは称名である

死後に浄土に生まれ変わるために私たちがすべき行為として、内容的に勝れ、また万人に開かれた称名(=南無阿弥陀仏ととなえること)を、阿弥陀仏が選んだと述べてきた。しかし前にも見たように、『無量寿経』の本願の文には「称名」という文字はなく、ただ…

3-5お念仏が容易で万人に開かれているということ

阿弥陀仏が浄土往生のための行為として称名念仏を選択した理由について、ひとつはお念仏が内容的に勝れているということ(勝劣の義)を挙げた。もうひとつはお念仏が誰にでもできる容易な行為であるということ(難易の義)である。 次に難易の義とは、念仏は…

3-4お念仏が内容的に勝れているということ

往生をめざす人が「南無阿弥陀仏」と称名するのは、阿弥陀仏が称名を往生のための行として規定しているからである。その理由で十分なはずではあるが、法然上人はあえてさらに上位の理由、阿弥陀仏がなぜ他の行為ではなく称名を選んだのかを考察している。そ…

3-3阿弥陀仏の本願

阿弥陀仏は、言葉でも想像でも表せないような深遠なる真理を悟っておられるが、真理そのものだけを指して阿弥陀仏とお呼びするのではない。阿弥陀仏は、救いを求める人の前に姿を現して導くが、そんな形でとらえられるものだけを指して阿弥陀仏とお呼びする…

3-2阿弥陀仏と法蔵の話

遠い過去、ある国王が仏の説法聞いて出家し、法蔵と名乗った。法蔵は四十八の誓願を立て、兆載永劫の時をかけてこれを実現し、いまより十劫前に阿弥陀仏となった。遠い過去とは人類発祥以前なのか? 地球あるいは宇宙の創生以前なのか? 国王とはある一人の…

3-1阿弥陀仏

浄土に生まれ変わるためになすべき本質的行為は、浄土をご用意くださった仏の名をとなえること(称名=しょうみょう)であると前述されたが、いまその根拠が示される。 『無量寿経』上巻に、「もし我れ(=阿弥陀仏)が仏位を得たのちに、十方世界の衆生が、…

2-3目的外の行為

浄土に往生するという目的のためにすべき行為の本質は、浄土をご用意くださった仏の名をとなえること(=念仏)であり、またそれについて経典などで知ることや、雰囲気を調えることも、自分を念仏に導くための行為として役に立つ。これらの行為(正行=しょ…

2-2 浄土往生のための行為

この世で仏になることは、とても成し遂げられぬ大きな仕事である。そこで仏の用意した浄土に往生することをまず目指そう。ならば何をなすべきか。一応すべての行為に浄土とのつながりを求められるけれども、後述されるように、浄土を用意くださった仏の名を…

2-1 何を行うべきか

浄土門という目的を定めた。つまりこの世で仏になるのではなく、仏がご用意くださった浄土にまず生まれ変わって、そこで仏になるのをめざすことに決めた。しかし、そのためにはどうすれば良いのだろうか? 何かを行わなければ、浄土に生まれ変わるという目的…

1-4 浄土門に入る

浄土門では、今生きているこの世界で仏となることを放棄し、死後、仏の用意した世界(浄土)に生まれ変わって、その世界で仏になることを目的として設定する。ここで「浄土の存在」「死後の生まれ変わり(往生)」を信じられるかどうかが問題となる。現代の…

1-3 聖道門を捨てる

この聖道門の大意は、大乗仏教であっても小乗仏教であっても、この娑婆世界の中で、四乗の道を修して、四乗の果を得ることだ。四乗とは、声聞乗・縁覚乗・菩薩乗・仏乗(すなわちあらゆる仏教)である。 選択集では、道綽禅師『安楽集』の説を採用し仏教を大…

1-2 宗教の選択

自分が、ほかの宗教ではなく、お念仏の道を選んで歩んでいるきっかけは、お念仏のお寺の子に生まれたからである。ほかの宗教を選ぼうと本気で考えたことはない。ただ、元は無宗教であったため、宗教というものを自分の人生に取り入れるかどうか、どう取り入…

1-1 お念仏の動機

お念仏をするのは、そもそも何のためだろうか。 一切衆生にはみな仏になれる可能性(仏性)があるという。(また一切衆生は)限りない昔から輪廻転生を繰り返すうちに数多くの仏に会った(そして教えを受け自らも仏になる機会があった)はずだ。なのにどうし…

お念仏の利益の感触

何が善であり何が悪なのかは、結局、智慧の眼の開けていない凡夫には、わからない。お念仏だけは、すればよいのはわかる。しかしほかのことの善悪の判断はつかない。正しいと信じてやっていることもどこで間違っているかわからないし、何かを絶対に間違って…

謹賀新年

今年もよろしくお願いします。ブログももっと頻繁にアップできるよう、がんばります。

念仏の現世利益

実体化用論の唯一の根拠はおそらく偽撰だろう。それでも、お念仏によって自分の人生がどう変わるか、という念仏の現世利益を考えていくと、実体化用論に似通った思想に漂着しがちである。その意味で、この実体化用論について考えることは大切だと思うのであ…

実体化用論

じったいけゆう【実体化用】仏の本体とその活動。聖覚作と伝えられる『大原談義聞書鈔』の第三問答に出る説で、浄土門はもっぱら往生するまでを説いて、仏の本体である真如実相とか生仏一如の理を説かないとの聖道門からの非難に答えたもの。すなわち阿弥陀…

実体化用論

おおはらだんぎききがきしょう【大原談義聞書抄】一巻(浄全一四)。聖覚撰。法然上人が一一八六年(文治二)の秋、天台座主顕真の特請によって、洛北大原勝林院において、各宗の碩学を集めて浄土宗義についての座談会が行なわれた。そのとき参集した碩学と…

新年度

気がつくとまったく更新しないまま1ヶ月以上も経っていた。この間、身体は順調に回復。新年度になり、はじめて若いポスドクの人を指導することに。こちらは優秀そうな感じで、自主的に研究を進めてくれそうなので、あまり心配していない。また、大学の卒論生…

すべてを平等に愛するには…

僕は結婚してわりとすぐ子どもができた。その妻の妊娠中のこと。 嬉しさとともに不安があった。今はこの女性ひとりを愛していればよい。しかし、同じように愛すべき子どもが生まれる。自分は、妻と子のふたりを愛せるのだろうか、と。 僕の不安をよそに、子…

学と実践

宗教について学ぶことと、それを実践するのは、まったく別物である。 お念仏の心がまえとして三心がある。三心について学ぶのと、実際にそれを心に持つのとは、まったく別である。法然上人は、ある人には三心とは何かをくわしく教えたが、ある人には「ただ往…

科学の信と宗教の信

「発掘!あるある大事典II」の納豆ダイエットの番組内容に捏造が発覚した事件に関連して、視聴者の側にも情報の取捨選択をするアタマが求められている。僕も科学者として、バラエティ番組があつかう科学情報にマユツバが多い(実験の反復数が少なかったり、…

こどもの成長

もうすぐ一歳になる長男sandだが、いつのまにか、つかまり立ちしながら歩いたり、何もないところでちょこんと正座して遊んでいたり、「赤ちゃん」から「こども」に近づいている。お姉ちゃんのlotusは、いつのまにか我が家のノートパソコンのポインタを動かす…

下流社会 新たな階層集団の出現(三浦展著、光文社新書)

これは妻が義父から借りていたのを読んだもの。 有名な本なので詳細は語らないが、アンケート調査の解析によって現代社会の新たな階層「下流階層」の出現を読み取っている。あくまで統計的処理によって見えてくるものなので、私たちのひとりひとりがどの階級…

謹賀新年

今年もよろしくお願いいたします。

この一年

今年は息子sandの誕生にはじまり、娘lotusが幼稚園に通いはじめ、研究では新しい組織での仕事がスタートし、競争的研究資金も獲得でき、果てはこれまでにない大怪我を負うなど、波乱に満ちた一年であった。何しろこの体がこうして今もここにあること、愛する…

念仏によってなぜ救われるか

以前の記事へのコメントでいただいた問題。僕もよくこれを考えたが、理屈をこねるほど実践は失せていった。理屈は信仰を外から眺めるものであり、中に入って実践するのとは大きく異なる。以下は昔こねた理屈の一例。 本当は苦はない。死もない。この肉と心ば…

仕事納め

今日も研究室に顔を出した。事故で傷めたところがちょっと痛むので無理は禁物。仕事場でもお念仏できる場面はあるようだ。念仏できないのは雰囲気に飲まれるせい、言い換えれば仕事場で念仏する習慣がなかったせいであろう。新しい習慣を作るのは難しいので…

リハビリ

リハビリ、というほどでもないが、徐々に仕事復帰がはじまった。一ヶ月かけてもとの仕事量にもどすようにとの指導。約二ヶ月の休養で体力が落ち、いつも通っていた道が歩けず、筋肉痛と戦うことに。それに、家にいると家事なり育児なりで忙しいけれど、心は…

滅罪は心の浄化?

善導大師の明五種増上縁義には、お念仏の現世利益として「護念」のほかに、「滅罪」「見仏」が示されている。「滅罪」にも、心の浄化作用についてのヒントがないだろうか? 三部経の中で滅罪が説かれるのは、主に観無量寿経である。心を静めて浄土の光景や菩…