仕事の動機

僕のしている科学研究は、それ自身では役には立たないいわゆる基礎研究の部分と、社会に直接役立つ部分が共存している。製薬会社希望で就職活動をしている大学院生に、僕の研究の動機を聞かれたことがある。公式的には、社会に直接役立つ部分の仕事をしているのはまちがいない。またグラント申請を書くときなどは、基礎研究の部分もそれに関連付けて書いている。基礎研究は直接社会に役立たないことが多いが、その中から芽を出して社会を大きく変える成果も生まれる。よく言われるのは、そういう「当たり」が期待されるから、一見むだなような基礎研究も大切だということ。グラント申請もそういう「当たり」が必ず出るとほらを吹いて書く。しかし理学部出身の僕には、「基礎」研究がそれ自身で意味を持つとずっと思ってきた。「基礎」という言い方は「応用」を意識した表現だ。しかしたとえば砂漠で生きるトカゲがなぜ砂漠で生きられるのか知ることは、砂漠で水を得る技術の基礎になる以上に、現実世界がそんな風に精密にできていることを感動し味わえるからすばらしいのだと思う。すばらしい文学作品を読むのと、考えもしなかった世界の仕組みを知るのとは、同種の感覚だ。「ネイチャー」を読んで自分の仕事のネタを探すのもいいが、まったく専門外の記事を面白く読めたときは気持ちがいい。